白銀堂(はくぎんどう)は、沖縄本島の南部、糸満市の漁港近くにがあります。
この白銀堂は、「岩穴」が拝所として守られてきた場所です。境内には大きな隆起サンゴがあり、約200万年前までは海だったことを物語っています。
旧正月は地元の人たちで賑わい、旧暦5月4日の糸満ハーレーの時には、優勝チームを先頭に白銀堂へ参拝し、競技の報告をする習わしがあります。
白銀堂の境内には隆起サンゴの巨石がいくつかあり、「シロガネの御イベ」と呼ばれる自然の鍾乳石が、航海の安全と豊漁を司る海神として祀られています。別名「よりあげ御嶽」とも呼ばれる聖地です。
白銀堂由来(昔話)
白銀堂由来という、この岩穴が御嶽となった由来の昔話があります。
むかし、糸満にマンクーという漁師がいました。
マンクーは、台風で漁の道具を全部流されてしまいます。困ったマンクーは、道具を揃えるため、薩摩の侍から一年の約束で借金をします。しかし、満足な漁が出来ずに返済の当てもないまま1年後の返済日がきてしまいます。
マンクーは、「お金が払えないので、もう一年貸してくれ」というと、侍は刀を抜いてマンクーに切りかかりました。
マンクーが、「意地ぬ出じねー 手い引き 手ぃぬ出じねー 意地引き」といって、一年後には必ず返しますといいます。
侍はマンクーのことわざに心動かされて刀をしまいます。
「怒りに負けたら手を出すな、手を出すのなら怒りをおさめよ。」と言う意味合いだったのです。
「確かにそれは言い得ている。」と、考えさせられた侍は、返済日を翌年まで延ばすことにしました。
侍が薩摩の家に戻ると、妻が男と寝ている状況に遭遇します。侍は、思わず刀を抜きますが、糸満の漁師マンクーのことばを思い出します。
そして、寝ている人を良く見ると、男と思ったのは、妻を守るために男の格好をした自分の母親でした。
1年後の返済日に沖縄にやって来た侍は、「おのことばのおかげで親を殺さずにすんだから、金はもういらない」といいます。しかし、マンクーは、「そうはいかない」といって受け取りません。
長く押し問答が続いた末、「それではあの岩穴にお金を埋めて、お互いの気持ちを表そう。」と言うことで決着が付きました。
そしてお金が埋められた岩穴は、糸満村の人々に「白銀堂」と呼ばれるようになるのです。そしていつしか神のいる聖地となり、現在のように地元の人々に親しまれる御嶽となりました。
白銀堂の社殿
元々拝所であった岩を取り込む形で造営されています。
この洞窟の中に銀貨が埋められているといわれています。
意地ぬんじらー手引き、手ぬんじらー意地引きの碑。
境内裏にある隆起サンゴの巨石。
弁天負しろの大神の御嶽
鳥居を抜けると左側には、弁天負しろの大神の御嶽があります。弁天負しろの大神は、琉球神道の龍神である天風龍大御神(あまふうりゅうおおかみ)の長男で卯の干支の龍神です。
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