辺戸龍神龍王神は辺戸岬にある沖縄本島最北端の龍宮神

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辺戸岬

辺戸龍神龍王神(龍神龍王神大神・龍宮神大根元)は、沖縄本島最北端の辺戸岬(へどみさき)にある龍宮神です。辺戸龍神龍王神が祀られている御嶽へは、辺戸岬の駐車場から祖国復帰闘争碑に向かう道の左側にある獣道を降りてゆきます。

辺戸岬へは那覇空港から車で約2時間30分かかるので、毎年沖縄を訪れても一度も行ったことがありませんでしたが、今回初めて辺戸龍神龍王神にご挨拶に行ってきました。

観光客が多い辺戸岬の絶景スポット

辺戸岬は沖縄海岸国定公園でしたが、現在はやんばる国立公園になっています。

辺戸岬の断崖絶壁から一望する太平洋と東シナ海の景色は絶景で、晴れていれば与論島や沖永良部島を望むことができます。

そして辺戸岬周辺には、芽打バンタ、ヤンバルクイナ展望台、大石林山などの観光地があり、茅打バンタの北側に位置する辺戸岬ドームは世界的にも珍しい海底の鍾乳洞で、ダイビングスポットとしても知られています。

祖国復帰闘争碑

辺戸岬には1972年の沖縄返還に際して建立された「祖国復帰闘争碑」があります。

全国のそして世界の友人に贈る。

吹き渡る風の音に耳を傾けよ。権力に抗し復帰をなしとげた大衆の乾杯だ。 打ち寄せる波濤の響きを聞け。戦争を拒み平和と人間開放を闘う大衆の叫びだ。 鉄の暴風やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は、米軍占領に引き続き、一九五二年四月二十八日サンフランシスコ「平和」条約第三条により、屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた。 米国の支配は傲慢で県民の自由と人権を蹂躙した。 祖国日本は海の彼方に遠く、沖縄県民の声はむなしく消えた。われわれの闘いは蟷螂の斧に擬せられた。 しかし独立と平和を闘う世界の人々との連帯あることを信じ、全国民に呼びかけて、全世界の人々に訴えた。 見よ、平和にたたずまう宜名真の里から、二十七度線を断つ小舟は船出し、舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ。 今踏まれている土こそ、辺土区民の真心によって成る沖天の大焚き火の大地なのだ。 一九七二年五月十五日、沖縄の祖国復帰は実現した。 しかし県民の平和の願いは叶えられず、日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。 しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのではなく、まして勝利を記念するためにあるのでもない。 闘いを振り返り、大衆を信じ合い、自らの力を確かめ合い、決意を新たにし合うためにこそあり、 人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の摂理のもとに生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある。

祖国復帰闘争碑碑文

祖国復帰闘争碑の隣には拝所がありました。

琉球鐘鬼門

祖国復帰闘争碑の手前には「琉球鐘鬼門」の石碑があります。糸満の荒崎には「琉球胎鬼門」という石碑があるそうです。右奥に見えるのは「ヨロン島・国頭村友好のきずな」 かしゆりの像です。

かしゆりの像

辺戸龍神龍王神(龍神龍王神大神)

私たちには、辺戸岬の他の観光スポットより辺戸龍神龍王神のスポットがメインです。

辺戸龍神龍王神への道には何も案内がありませんが左側の獣道を降りてゆきます。

辺戸岬自体は観光の方がとても多いのですが、辺戸龍神龍王神を知らないのか獣道を下って行く人はあまりいません。

私たちと一緒に訪れた沖縄で長年ハイヤーの運転をしている方も、辺戸龍神龍王神があることを知らなかったそうです。

国頭国元国代一頭火の神

獣道を降りてゆくと、国頭国元国代一頭火の神の拝所がありました。

龍神龍王神大神

そして琉球石灰岩の間の道を奥に進んでゆきます。

突き当りには、辺戸龍神龍王神の拝所があります。

拝所の右には龍神龍王神大神の石碑があります。碑わきには龍宮神大根元と書かれています。

石碑と反対側にも少し高い位置に祠があります。辺戸龍神龍王神の御嶽はとてもパワーの強いスポットです。

琉球神話では、琉球王統は神の子「天孫子(テンソンシ)」からの始まりと伝えられており、天孫子が生まれ出でた場所が辺土岬とされています。この辺戸岬の龍宮神は、天孫子が生まれ出た岩穴と関係がある古来からの信仰の場所です。

また辺土集落には天孫子を祭った拝所があり、地元の人たちが大事に守っています。その裏には天孫子ゆかりのアフリ川そして聖水の井戸(水汲み場)があり、若返りの聖水としても知られています。

辺戸岬の近くには黄金山(くがにやま)と呼ばれている岩山がありますが、そこは御天軸と呼ばれ、天孫子の墓とノロの墓がある安須森御嶽があります。アマミキヨが作った琉球開闢(びゃく)七御嶽の内、最初に作ったのが安須森御嶽だといわれます。

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