琉球神道の干支12龍神を祀った御嶽の全てがわかる

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天龍大御神
天龍大御神

沖縄には、龍神が祀られている御嶽が沢山あり、そのほとんどが那覇市に位置しています。

今回の龍神巡りの旅では、天照大御神と、神世1代の龍神(天龍大御神・天久臣乙女王)から神世3代の龍神まで、16龍神の御嶽を廻って行きます。その中には、干支の龍神とされている12龍神の御嶽が含まれています。

沖縄には人類創世物語が2つあります。ひとつはアマミキヨ・シルミキヨから始まる物語、そしてもうひとつが天龍大御神・天久臣乙女王の龍神から始まる物語なのです。

琉球神道の龍神

天受久女龍宮王御神は天照大御神のことで、沖縄に初めて降臨された天龍大御神(てんりゅうおうおんかみ)と天久神乙女王御神(あめくしんおとめおおおんかみ)との間に生まれた3人の御子神(天風龍大神、天火龍大神、天水龍大神)と3人の天女(表臣幸乙女王、中臣幸乙女王、底臣幸乙女王)の結びの為に降臨されたと言われます。

神世1代

天龍大御神は、沖縄に初めて降臨された神様です。

【父】天龍大御神(てんりゅうおおおんかみ)
【母】天久臣乙女王神(あめくしんおとめおおおんかみ)

日本神道で言えば、イザナギ・イザナミ。キリスト教で言えば、アダムとイブにあたる神様になります。

神世2代

【長男】天風龍大御神(あまふうりゅうおおかみ)
【次男】天火龍大御神(あまひりゅうおおかみ)
【三男】天水龍大御神(あますいりゅうおおかみ)

3兄弟龍それぞれ三天女が結びとして降臨し9神の子供を授かります。

・表臣幸乙女王(うはしんこうおとめおおおんかみ) × 天風龍大御神 子供4神
・中臣幸乙女王(なかしんこうおとめおおおんかみ) × 天火龍大御神 子供3神
・底臣幸乙女王(そこしんこうおとめおおおんかみ) × 天水龍大御神 子供2神

神世3代

その子供達の結びは、

・辨天負しろの大神(長男の長男) × 仁天屋船ひ久姫神(次男の長女)
・辨天負泰彦大神(長男の次男)  × 仁天屋船久久姫神(次男の次女)
・仁天屋しろの大神(次男の長男) × 来天皇明久ひ姫神(3男の長女)
・来天皇久能知大神(3男の長男) × 辨天負久知姫神(長男の次女)
・辨天負百津姫神(長男の長女)

3兄弟龍(神世2代)と生まれた9神の子供達(神世3代)を合わせた12神が干支の神となっており、その下に人類が生まれたといわれます。

12支の龍神

子 天風龍大神
丑 天火龍大神
寅 天水龍大神
卯 辨天負しろの大神

辰 辨天負百津姫神
巳 辨天負久知姫神
午 辨天負泰彦大神
未 仁天屋しろの大神

申 仁天屋船ひ久姫神
酉 仁天屋船久久姫神
戌 来天皇久能知大神
亥 来天皇明久ひ姫神

龍神たちに龍の子を認めてもらう旅

伊計島での神人との出会いから私たち家族の龍神巡りの旅が始まりました。

今回沖縄へ呼ばれた旅の目的は、全ての龍神の御嶽を廻って龍の子を認めて頂けるようにご挨拶することです。

ひっそりと守られている龍神の御嶽

現存する天受久女龍宮王御神、天龍大御神と天久神乙女王御神、その子供である3兄弟龍夫婦と3兄弟夫婦に生まれた9神の子供達の御嶽を探しました。

ほとんどが那覇市周辺ですが、2つの御嶽は糸満にあります。

レンタカーを借りて他に寄り道をせずに龍神の御嶽だけを廻れば1日で廻りきれるでしょう。しかし龍神の御嶽は案内板はないため、近くに行けてもなかなか見つからないかもしれません。地元の人に聞いても、「わからない」「行ってはならない」と言われるばかりで教えてもらえません。

また神社の中にひっそりとたたずむ御嶽にも案内などはありません。例えば恵比須神社では、神社の社殿の案内はありますが、恵比須神社社殿の横を通り裏側に入って行かない限り御嶽があることさえ判りません。

それは地元の人たちが崇拝する真の聖域であるからです。

琉球処分による神社の変革

明治時代に入ると、琉球においても日本本土同様の宗教改革の波が押し寄せましたが、 琉球処分により琉球王国が廃され沖縄県が置かれた琉球は、神仏分離に伴う廃仏毀釈が吹き荒れた日本本土とは異なるものであったそうです。

「琉球宗教史の研究」によれば、明治の宗教政策は、在来の宗教を弾圧し或いは変革することによって、日本の国家理念の下につくられた日本宗教に移行せしめ、その宗教を通して、琉球人を日本国家および日本精神の下に統合することに存していました。置県後において、琉球八社は明治政府から政治的目的をもって取り上げられたことになります。

琉球の人達は、それまでの信仰であった琉球古来の信仰を日本国の信仰に置き換えるのではなく、表から見える神社は日本精神の下のように見せ、琉球古来の信仰は判らないように取り繕ったのではと推測します。

それは琉球八社である沖宮の御嶽や天久宮の御嶽、恵比須神社の御嶽の位置から感じることです。

沖縄聖地の観光と拝み

これらの聖地は観光気分で行くところではありません。観光客が溢れて観光地と化した斎場御嶽(せーふぁうたき)のようにしてはいけません。しかし訪れる人がいなくなれば聖地では無くなります。

地元の方が守ってきた拝所を、神妙な気持ちでマナーを守って拝む人が多く訪れれば、聖地として強いパワースポットであることでしょう。

龍神の御嶽との出会いによって本当の沖縄の信仰の形が見えてくるかもしれません。

天燈山御嶽

天受久女龍宮王

琉球八社の沖宮がある奥武山の天燈山御嶽には、天受久女龍宮王御神・底臣幸乙女王御神、八幡大神・天照皇大神・春日大神、大國大明神・混比羅大明神・恵比須大明神を祀る石碑があります。天燈山御嶽は頂上に位置します。

天受久女龍宮王御神は天照大御神のことで、琉球八社の沖宮に御祭神として祀られています。天受久女龍宮王御神の石碑の横には底臣幸乙女王御神(恵比須大明神)が祀られています。

天受久女龍宮王御神は地上に天下りされた実在神であり、農耕生産の守護神として、養いの神として、また太陽神としてお祀りされています。

また天照大御神は3度降臨されており、天受賀女竜宮王御神の御嶽は名護市字安和に、天智門女竜宮王御神の御嶽は南城市玉城にあります。

天龍大御神(主父御神)の御嶽

天龍大御神

天龍大御神は、琉球八社の天久宮・沖宮に御祭神として祀られていますが、天久宮の近くに先樋川(サチヒージャー)べーべー嶽という天龍大御神の御嶽があります。その下には「坂中(フィラナカ)樋川」の御嶽があります。

天龍大御神の御嶽は、岩をくり抜いた中に祀られ、その岩をガジュマルが包み込む様に根を張っています。天龍大御神の碑わきには、主父御神と龍泉乃神の文字が刻まれています。

とても存在感がある父龍の強いパワースポットです。

天久臣乙女王御神(母御神)の御嶽

天久臣乙女王神

父龍の近く、ガマ樋川(ヒージャー)嶽には天久臣乙女王御神の御嶽があります。天龍大御神と対を成す母神で、天龍大御神と共に琉球八社の天久宮・沖宮に御祭神として祀られています。

集落の間の小道を30mほど上がるとガマ樋川(ヒージャー)嶽の拝所が現れます。さらに左側に少し登ると天久神乙女王御神の御嶽の入り口があります。

天久神乙女王神の碑わきには、混比羅大明神と龍神うみ賜ひ母神の文字が刻まれ、他の石碑と違い母龍らしい石碑の形をしています。

天風龍大御神の御嶽(子の神)

天風龍大御神

那覇市字安謝の恵比須神社の裏に天風龍大御神の御嶽があります。本殿の右横を抜けても行けますが、恵比須神社の裏側から直接上がれる階段もあります。

表臣幸乙女大御神の御嶽

森口公園
森口公園

表臣幸乙女大御神の御嶽は、那覇市字小禄の森口公園に祀られているとのことですが御嶽はありませんでした。

天火龍大御神の御嶽(丑の神)

天火龍大御神

浦添市内間のシーサー通り沿いに、天火龍大御神の御嶽がポツンとあります。

中臣幸乙女大御神の御嶽

中臣幸乙女王

天久宮の近くに中臣幸乙女大御神の御嶽があります。中臣幸乙女大御神の碑わきには、恵比須大明神と参天うみ賜ひ母神の文字が刻まれています。集落の細い路地を10mほど入った所にあります。

天水龍大御神の御嶽(虎の神)

天水龍大御神

天水龍大御神の御嶽は、那覇市首里にある首里城の見張り台だった上の毛という公園の中にありますが、現在は石が土中に埋められているだけの御嶽です。色々な事情で埋め立てられ、公園内なので政治的理由で再建が難しいそうです。

底臣幸乙女大御神の御嶽

底臣幸乙女王

琉球八社の沖宮がある奥武山の山頂にある天燈山御嶽の天受久女龍宮王御神の御嶽の横に底臣幸乙女王御神が祀られています。

弁天負しろの大神の御嶽(卯の神)

弁天負しろの大神
弁天負しろの大神

糸満の白銀堂には、弁天負しろの大神の石碑があります。白銀堂には他にも拝みの場所が多く存在します。

弁天負百津姫神の御嶽(辰の神)

木龍宇具志久乙姫王

那覇インター近くの弁ヶ岳公園に木龍宇具志久乙姫王、弁天負百津姫神の御嶽があります。大嶽の石門の真後ろになりますが、少し山を登らないとわかりません。弁天負百津姫神は、琉球の祝女(ノロ)の神でもあります。

弁天負久知姫神の御嶽(巳の神)

弁天負久知姫神

那覇市若狭にある夫婦瀬公園の中に弁天負久知姫神の御嶽があります。とても広い公園で夫婦岩の上にひっそりとたたずみます。

また夫婦瀬公園の中には竜宮神の拝所があります。この夫婦瀬公園は、海の中に浮かぶ夫婦瀬が埋め立てられて公園になった場所です。

弁天負泰彦大神の御嶽(午の神)

弁天負泰彦大神

天久宮にある琉球石灰岩の岩山の上に弁天負泰彦大神の御嶽があります。天久宮には、天龍大御神、天久神乙女王御神、泊龍宮神、弁天負泰彦大神、弁財天が御祭神として祀られています。本殿の手前を右に進みます。

仁天屋しろの大神の御嶽(未の神)

仁天屋しろの大神

糸満の南山神社の近くに仁天屋しろの大神の御嶽があります。夫婦である来天皇明久ひ姫神(亥の神)の御嶽は現存していないのでこちらで拝みます。

仁天屋船ひ久姫神の御嶽(申の神)

仁天屋船ひ久姫神

那覇市鏡原町のガーナー森(ムイ)の頂上にガーナー森御嶽と仁天屋船ひ久姫神の御嶽があります。

鏡原町は戦前まで海でした。今、ガーナー森は小さな小山のように見えますが河口に浮かぶ島だったそうです。その昔、ガーナー森は自由に動き回り、村人を襲っては食い殺していたという伝説があります。

仁天屋船久久姫神の御嶽(酉の神)

仁天屋船久久姫神

那覇市泉崎の沖縄県立図書館近くにある仲島の大岩に仁天屋船久久姫神が祀られています。

仲島の大岩は、高さ約6m、周囲は約25mの大きな岩で琉球石灰岩で出来ています。この辺りは昔は海岸で、明治の初め頃に埋めたてられた場所です。

来天皇久能知大神の御嶽(戌の神)

来天皇久能知大神
来天皇久能知大神

来天皇久能知大神の御嶽は、琉球八社の沖宮がある天燈山御嶽からプール側に下った所にあります。

来天皇明久ひ姫神(亥の神)

来天皇明久ひ姫神の御嶽は現存していないので、夫婦である弁天負久知姫神の御嶽(巳の神)で拝みます。

全ての龍神の御嶽を廻り終え、この旅で龍神たちに龍の子として認めて頂けたようです。

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