お父さんをお母さんと呼び間違える息子の心

南国気分

世の中の親父たちは息子にどう呼ばれているのだろうか。

お父さん、父ちゃん、パパ、親父、おい、ねえ、名前で呼ぶなどいろいろ考えられる。

昔は、お父さん、父ちゃん、パパ、が主流であったが、最近では名前で呼ぶという父と子を超えた絆を感じる呼び方が増えている。

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昭和の親父と平成の息子

私が息子から呼ばれる時にはいろんなバリエーションがある。

お父さん、父ちゃん、パパ、親父、ねえが主な呼び方だ。いつしかいろいろな呼び方をされるようになっていた。

一昔前であれば、父親を「ねえ」と呼ぶとこっぴどく叱られるかビンタが飛んだものだ。しかし、私はどう呼ばれようとも構わない。街を一緒に歩けばお互い肩を組み合うほど仲が良い。

平成に代わり、母親と娘の関係が友達の関係に近づいているように、父親と息子の関係にも変化を感じてる。

時代と共に変わる親子関係

ただ、私はお母さんと呼ばれることがある。

家に2人しかおらず、顔を見合わせているのにだ。

初めは、「お父さんに対して何を呼び間違えしているんだ」と言っていた。

もしかして、お母さんしか頭にないのではないかと思っていた。

でも、これが何回も続くと、単なる呼び間違えの問題ではないと感じ始めた。

私の家は共働きである、そして、家で仕事をすることが多い私は子供といる時間も母親より必然的に長くなる。だから、子供は私にいろんなことをつつみ隠さず話す。

昭和の時代、私が子供の頃の父親は何故か遠い存在で、毎日遅くまで飲むため日曜くらいしか顔を見ることがなかった。思春期になると、父親でありながら他人であるという感覚が大きくなっていった。なので、未だに関わりには一歩おいている自分がいる。

母親の仕事が忙しく、なかなか会えなくて同じように過ごしたとしてもそんな感覚に陥ることはないだろう。母親から生まれて来たということは、それだけで特別な繋がりなのだ。

そんな幼少期を過ごした私は、子供への関り方を特別なものにしたいと思っていた。それは、母親と同じように父親を身近な存在であると感じて欲しかったのだ。

お母さんと呼ばれて

いつしか、子供のお母さんの言い間違いが始まった。

でも、子供にお母さんと呼び間違えられるようになって、それまでの一緒に過ごした時間がとても重たく感じられるようになった。

お父さんはお母さんを超えることはできないが、子供にとってお母さんと同じレベルに立たせてくれたことが嬉しかった。

平成の世の中では、かつて昭和以前からの時代にあったお父さんは家長で特別な存在ではなくなった。しかし、この変化により、核家族のつながりは昭和以前の時代より強くなったのではないのだろうか。

子育ての中でひとつ気をつけていることは、子供が話しかけてきた時には、いくら納期が迫っている仕事をしていようが、全てを中断して子供の話を聞くことに専念する。これは大切なことだと思う。

私の子供への感覚は、自分の子供であり、自分自身の分身であり、人生相談の兄である。

これからも、私は時々お母さんと呼ばれるだろう。

今日の学び

「彼にとっての両親とは1対のもので、父母のどちらもお父さんでありお母さんなのである。」

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